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鳥取地方裁判所米子支部 昭和62年(ワ)45号 判決 1992年1月16日

鳥取県米子市米原368番地 高野隆一方

原告

亡高野令一相続人(当然継承後受継前)

高野隆野

鳥取県米子市目久美町175番地

原告

亡高野令一相続人(当然継承後受継前)

高野純惠

鳥取県米子市米原368番地

原告

亡高野令一相続人(当然継承後受継前)

高野隆一

鳥取県米子市道笑町2丁目167番地

原告

亡高野令一相続人(当然承継後受継前)

高野英彦

鳥取県米子市角盤町1丁目165番地

原告

亡高野令一相続人(当然継承後受継前)

高野夕香子

右法定代理人親権者母

高野由美子

鳥取県米子市角盤町1丁目165番地

原告

亡高野令一相続人(当然継承後受継前)

高野肇之

右法定代理人親権者母

高野由美子

鳥取県米子市道笑町2丁目167番地

原告

有限会社高野総本店

右代表者取締役

高野隆野

右原告7名訴訟代理人弁護士

高橋敬幸

東京都千代田区霞ヶ関1丁目1番4号

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

見越正秋

外10名

主文

一  1 原告(亡高野令一相続人)6名の被告に対する別紙物件目録三記載中の番号1,2,26及び27の各動産の引渡請求を却下する。

2 原告有限会社高野総本店の被告に対する別紙物件目録二記載中の番号304ないし306,320ないし323の各動産の引渡請求を却下する。

二  原告全員のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は,原告(亡高野令一相続人)6名に対し,別紙物件目録一及び三記載の各動産,それらの複写物,同動産に基づいて作成したメモ及び資料を引き渡せ。

2  被告は,原告有限会社高野総本店に対し,別紙物件目録二記載の各動産,それらの複写物,同動産に基づいて作成したメモ及び資料を引き渡せ。

3  被告は,原告高野隆野に対し金500,000円を,原告高野純惠,原告高野隆一及び原告高野英彦に対し各金125,000円を,原告高野肇之及び原告高野夕香子に対し各金62,500円を,それぞれ支払え。

被告は,昭和62年2月3日から右1項記載の各動産等が原告(亡高野令一相続人)6名に引き渡されるまで一日につき金10,000円の割合による金員について,原告高野隆野に対しその金員の1/2を,原告高野純惠,原告高野隆一及び原告高野英彦に対しその金員の各1/8を,原告高野肇之及び原告高野夕香子に対しその金員の各1/16を,それぞれ支払え。

4  被告は,原告有限会社高野総本店に対し,金1,000,000円及び昭和62年2月3日から右2項記載の各動産等が原告有限会社高野総本店に引き渡されるまで一日につき金10,000円の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  仮執行宣言

二  被告

1  本案前の答弁

(一) 主文第一項同旨

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件差押処分の存在

広島国税局収税官吏村岡某他7名が,昭和62年2月3日,鳥取県米子市道笑町2丁目167番地所在の亡高野令一(以下「亡令一」という。)方居宅(以下「本件居宅」という。),同所所在の原告有限会社高野総本店(以下「原告会社」という。)の事務所(以下「本件事務所」という。),そして,同市新山14番地所在の亡令一とその妻である原告高野隆野(以下「隆野」という。)の共有建物(以下「本件建物」という。)の三か所を,それぞれの場所を臨検捜索場所とする広島簡易裁判所裁判官の発布した有限会社高野令一商店(以下「嫌疑会社」という。)に対する昭和58年から昭和61年までの法人税法違反嫌疑事件の臨検捜索差押許可状三通(以下「本件許可状」という。)により臨検・捜索し,本件居宅から別紙物件目録一記載の,本件事務所から同目録二記載の,本件建物から同目録三記載の各動産を差し押さえた。

2  本件差押処分の違法性

(一) 臨検捜索差押許可状の請求及び発布の違法(嫌疑事実の欠如,嫌疑事実と亡令一及び原告会社との無関係)

(1) 嫌疑会社への相当な嫌疑事実がない。その上,亡令一は嫌疑会社と取引がない。

亡令一は,登記簿上は昭和42年に嫌疑会社の代表者から退き,高野克巳(以下「克巳」という。)に変更したことになっているが,実質的には昭和36年から退いており,嫌疑会社設立当時に出資していることと,亡令一の家族の消費のため嫌疑会社が毎月20kg位の卵を買う以外,嫌疑会社となんらの取引がない。

なお,当時,亡令一は嫌疑会社に貸付金を有していたが,この貸付金は出資金に対する利益配当金を貸付金に振り替えて経理処理したものであって,これまでに税務申告してあり,被告はこれを了知していた。

(2) 原告会社は,嫌疑会社となんら取引も関係もない。

嫌疑会社の代表者である克巳は亡令一の甥であり,克巳の妻で嫌疑会社の事務を執っている原告高野純惠(以下「純惠」という。)は亡令一の長女であるという血縁関係はあるが,本件居宅に同居していない。

なお,当時,原告会社は克巳及び純惠からの借入金があったが,この借入金は出資金に対する利益配当金を借入金に振り替えて経理処理したものであって,これまでに税務申告してあり,被告はこれを了知していた。

(3) しかるに,広島国税局収税官吏は,嫌疑会社と亡令一及び原告会社との間に何か取引があるように書類を偽造して,臨検捜索差押許可状の発布を広島簡易裁判所裁判官に請求した。

広島簡易裁判所裁判官も,右の点を漫然と看過し,本来発布すべきでないのに,昭和62年2月2日,本件許可状を発布した。

(二) 強制調査の必要がないのに臨検捜索差押をした違法

(1) 本件では,第三者である亡令一や原告会社に対し,任意調査を先行することなく,強制調査をした。

(2) 任意調査によって調査の目的である犯則事件を告発するための証拠の発見・集取という目的を達することが可能であるに拘らず,強制調査をすることは違法であり,さらに,任意調査を先行させることなく突然の強制調査が許されるためには,事案の重大性,脱税額の多額さ,所得隠しの手口の悪質性,任意調査を先行させることによる証拠等が隠される蓋然性の高さ等の要件が必要であり,まして,第三者に対する強制調査の場合には,所得隠しの手口の悪質性にその第三者が関わっている可能性のあること,その第三者に対し任意調査が先行すれば証拠等が隠される蓋然性の高さが必要である。

かような要件を欠く本件強制調査は違法というべきである。

(三) 臨検捜索手続の違法

(1) 広島国税局収税官吏村岡某他7名は,本件差押処分に着手するにあたり,在宅者の承諾を得ることなく玄関から10m侵入し,本件許可状も法の要求するほどの呈示をしなかった。

広島国税局収税官吏村岡某他7名は,昭和62年2月3日午前8時ころ,本件居宅玄関で「今日は。」と行って,亡令一及び隆野が在宅していたのに,同人らの承諾を得ないまま,玄関を上がり,約10m屋敷内に侵入した。そこで,「何しに来ましたか。」と質問する亡令一に,係官は,「国税局から嫌疑会社の脱税容疑で調べに来ました。」と言い,「嫌疑会社とは全く関係がない。」旨説明する亡令一に,「この通り,裁判所の令状があります。」と言って,許可状を亡令一の眼前に出し,亡令一がその複写を要求したが,これを拒否し,極めて視力が悪くその時に遠視用眼鏡を掛けていた亡令一がこれでは字が良く分からないので,読書・事務用の度数5.5の老眼鏡に掛け変えてくるからと説明し,眼鏡を掛け変えてきたところ,「先程見せたので,これ以上見せる必要はない。」と言って,それ以上何ら許可状を見せなかった。

(2) 在宅者の承諾を得ずに玄関から約10m侵入してきた行為は違法であり,後行の行為をも違法とするものである。そして,許可状の呈示も,法の要求する呈示とは到底いえず,違法であり,その後の捜索差押も違法となる。

(四) 本件差押処分の違法(被差押動産の関連性の不存在)

(1) 亡令一及び原告会社は,前述のとおり,嫌疑会社とは取引がないあるいは取引も関係もないのであるから,別紙物件目録一ないし三記載の各動産はその嫌疑事実と何の関係もない。

また,別紙物件目録(差押目録)の記載からも明らかなように,被差押動産は,亡令一または原告会社の他社との取引関係書類,領収書,契約書,手形,和解調書あるいは決算書類不動産登記済証等であるが,村岡某ら係官は,本件許可状記載の差押物件の対象の範囲を逸脱し,嫌疑事実との関連性,証拠価値を個別に判断せず,あらゆる帳簿書類を手当たり次第に無差別に差押さえたもので,一般的探索的調査である。

ちなみに,別紙物件目録一の番号1から15までを検討しても,1,9,10,11,15は,嫌疑会社あるいは嫌疑事実とは全く関係がなく,これを押し並べれば,全差押動産の中には多数の関連性のないものが含まれている。

(2) このような関連性のないものの差押は違法であり,本件では全体が差押物件についての検討をしていない違法なものであることは明らかである。

3  引渡請求及び損害賠償請求について

(一) 被差押動産の引渡請求

(1) 差し押さえられた別紙物件目録記載一及び三の各動産は亡令一の所有であり,同目録二の各動産は原告会社の所有である。

(2) なお,被告は,本件差押処分において,米子市の昭和61年度の国民健康保険料納入通知書兼領収証,レッカー車の自動車検査証及び高野由美子の芳名録をも差し押さえた。

(3) 亡令一及び原告会社は,金融不動産業を営んでいる。

(4) 本件差押処分は,前述のとおりに違法であって,その違法は重大かつ明白であるので無効である。

((5)亡令一は,平成2年3月29日死亡し,隆野,純惠,亡令一の長男である原告高野隆一,次男の原告高野英彦,三男の亡高野俊彦の長女である原告高野夕香子及び長男原告高野肇之が,その相続人である。)

(6) したがって,亡令一相続人原告らは,亡令一の所有権(亡令一相続人原告らの共有権)に基づき,予備的に,営業上の支配権または営業権に基づき,あるいは不法行為の原状回復請求権に基づき,被告に対し,別紙物件目録一及び三記載の各動産の引渡を求める。

原告会社は,所有権,予備的に,営業上の支配権または営業権に基づき,あるいは不法行為の原状回復請求権に基づき,被告に対し,別紙物件目録二記載の各動産の引渡を求める。

(二) 複写物等の引渡請求

(1) 被告国は,別紙物件目録記載一ないし三の各動産について,その複写物やメモ,資料を作成した。

(2) 右複写物等を被告が保有することは,亡令一相続人原告らあるいは原告会社の各所有権(共有権)の完全性を侵害するものであるから,各所有権(共有権)に基づきあるいは予備的に営業上の支配権または営業権に基づき,被告に対し,亡令一相続人原告らは別紙物件目録一及び三記載の各動産の複写物等の,原告会社は同目録二記載の各動産の複写物等の引渡を求める。

(三) 損害賠償請求

(1) 広島国税局収税官吏村岡某らが,本件差押処分を行うについて,その故意または過失により,前述のとおりの違法があった。

(2) 亡令一及び原告会社は,本件差押処分によって,その所有権を侵害された上,重要書類である被差押動産を使用することができなくなり,また多大の精神的苦痛をこうむるという損害を受けている。

(3) この損害を金銭的に見積り,そのなかに収税官吏ら被告に今後このような違法行為をさせないという懲罰的意味を込ると,亡令一及び原告会社の損害はそれぞれ1,000,000円を下ることはない。

また,被差押動産の返還が遅れれば遅れるだけ亡令一(亡令一相続人原告ら)及び原告会社の損害を増加させるものであるから,本件事情を総合すると,その損害額は,本件差押処分の日から被差押動産が返還済みまで一日につき,亡令一(亡令一相続人原告ら)及び原告会社についてそれぞれ10,000円が相当である。

(4) よって,原告らは被告に対し国家賠償法1条1項に基づき,右各金員の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件差押処分は,国税犯則取締法(以下「国犯法」という。)2条により嫌疑会社に対する法人税法違反事件についてなされたものであるところ,被差押動産のうち,別紙物件目録二番号304ないし306,320ないし323,別紙物件目録三番号1,2,26及び27については,広島国税局収税官吏が右嫌疑事件を鳥取地方検察庁検察官に告発したことから,昭和63年2月29日,国犯法18条1項により同検察庁に引き継いだ。

2  右引継により,当該動産は,国犯法18条3項の定めるとおり検察官が刑事訴訟法の規定により押収したことになったのであるから,右引継後は同法430条所定の手続により,これら動産の返還を求めることは格別,民事訴訟法によって返還を求めることは出来なくなったというべきであり,当該動産引渡に関する本訴は却下されるべきである。

三  請求原因に対する被告の認否及び反論

1  請求原因1の事実は認める。その具体的事情は後記4(一)のとおりである。

2(一)  請求原因2(一)(1)前段の事実は否認する。

同中後段の事実中,登記簿上代表者の記載が昭和42年に亡令一から克巳に変更されていること,亡令一が嫌疑会社設立時出資していることは認める。その余の事実は,否認ないし不知。

同2(一)(2)前段の事実は否認する。

同中後段の事実中,克巳が嫌疑会社の代表者であること,純惠が克巳の妻であり,亡令一の長女であること,同居していないことは認め,その余の事実は不知。

同2(一)(3)の事実中,何か取引があるように書類を偽造したこと及び右の点を漫然と看過したことは否認し,その余の事実は認める。

(二)  請求原因2(二)(1)の事実は認め,同2(二)(2)は争う。

(三)  請求原因2(三)(1)前段の事実は否認する。

同後段の事実中,広島国税局収税官吏らが亡令一の承諾を得ないまま本件居宅に侵入し,本件許可状を呈示しなかった事実は否認する。その具体的事情は後記4(二)のとおりである。同2(三)(2)は争う。

(四)  請求原因2(四)(1)の事実中,被差押動産が亡令一及び原告会社の取引先との取引関係書類,領収書,契約書,手形,不動産登記済証及び和解調書等であること認め,関連性のないことは否認する。同2(四)(2)は争う。その具体的事情は後記4(三)のとおりである。

3(一)  請求原因3(一)(1)の事実は不知。同3(一)(2)の事実は否認する。同3(一)(3)の事実は不知。同3(一)(4)及び(6)は争う。

なお,原告らの営業権または営業上の支配権に基づく引渡請求は,営業権が所有権等の物権,債権その他の権利の集合にすぎない総括的な権利にすぎないことから,主張事体失当である。

(二)  請求原因3(二)(1)の事実は認める。同3(二)(2)は争う。

これら複写物等は,広島国税局収税官吏が同局の複写機及び用紙を使用するなどして作成したもので,その所有権は被告に帰属し,被差押動産についての原告らの所有権の効力が及ぶものではない。また,収税官吏は国犯法上の犯則事件の証憑と思料される物件を差し押さえ,これを留置できる(国犯法2条)のであり,その複写物等を作成保有することも犯則事件の調査権行使の一環として当然許される(国犯法11条)。このように収税官吏による複写物等の作成保有が適法行為である以上,それにより被差押者に何らかの不都合が発生するとしても,被差押者において受忍すべきである。本件においても,広島国税局収税官吏が適法に差し押さえたのであるから,その複写物等の作成保有も適法であり,原告らにおいてその排除を求めることはできない。

(三)  請求原因3(三)(1)の事実は否認する。同3(三)(2)の事実は不知。同3(三)(3)及び(4)は争う。

4  被告の反論

(一) 本件許可状請求,発布及び強制調査の必要性について

(1) 国犯法1条には任意調査について,同法2条1項には強制調査について,収税官吏の権限に関する規定があるところ,調査の手法(範囲,程度,手段)については法律に特段の定めがないから,強制調査を必要とするか任意調査で目的を達せられるかの蓋然性の判断は,社会通念上相当と認められる範囲で収税官吏の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。国犯法上の調査権限は,租税正義の実現という極めて高度の社会的利益の要請に基づくものであるから,収税官吏は合理的裁量の範囲内において必要と認める調査を行うことができるというべきである。

一般に所得税(法人税)のほ脱には,①収入の一部を公表帳簿から除外し,または経費を架空にもしくは水増しして計上し,それによって得た簿外資金を預貯金,有価証券その他の資産として留保しまたは代表者の個人的な支出に充てる場合と,②記帳額に基づかない,いわゆる「つまみ申告」を行う場合があり,収税官吏がほ脱所得の額を確定するためには,調査対象年(または事業年度)分の総収入金額(または益金)及び必要経費(または損金)並びに各年(事業年度)末における資産,負債の額をそれぞれ勘定科目別に証拠に基づいて確定する必要がある。

しかし,実際には,簿外取引,仮装取引について証拠が破棄されまたは改竄されていることが多く,犯則嫌疑者など関係者の収税官吏の調査に対する協力も期待できないのが実情である。また,取引先等第三者においても,犯則嫌疑者の犯則行為について通謀したり,証拠隠滅に関与したり,任意調査に協力しないなどの例もしばしば見られるところであって,犯則嫌疑者及び関係者に対しては,証拠隠滅の恐れがあるため強制調査によらなければ実体を解明するための証拠収集ができない実情にある。

そして,強制調査の必要性の存否は,強制調査開始の時点で判断すべきもので,強制調査の結果,有力な証拠の発見収集ができなかったからといって,直ちに右必要性が否定されることにはならない。

(2) 亡令一は,①従前,嫌疑会社の代表者として,その業務を統括しており,その後,同社の経営を養子であり長女純惠の夫でもある克巳に引き継いだこと,②昭和61年9月30日現在,嫌疑会社の出資金1,350,000円のうち685,000円(50.7%)を出資し,その妻隆野も290,000円(21.4%)を出資しており,嫌疑会社が亡令一を中心とする同族会社(法人税法2条10項)であり,亡令一の嫌疑会社への影響力が非常に強力である蓋然性が高く,嫌疑会社に対し多額の貸付金を有していること,原告会社は,①亡令一が代表者としてその業務を統括し,その事務所も亡令一の本件居宅の一角に所在すること,②前同日現在,嫌疑会社の代表者である克巳及び純惠の両名から,出資と借入金を受けていることから,亡令一及び原告会社と嫌疑会社とは密接な関係があって,本件居宅,本件事務所及び本件建物に本件犯則嫌疑事件に関する証拠物件が存在する蓋然性が高いことが窺われたので,広島国税局収税官吏は,右の諸点に関する疎明資料を取り揃えた上,広島簡易裁判所裁判官に対し,本件許可状の発布を請求し,同裁判官からその発布を受け,本件許可状により臨検捜索差押を行ったものである。

(3) したがって,本件許可状の請求,発布及び強制調査は適法である。

(二) 本件臨検捜索手続について

広島国税局収税官吏は,昭和62年2月3日,本件居宅等の臨検捜索に着手するにあたり,亡令一に対し,「嫌疑会社の法人税法違反嫌疑事件に関して嫌疑会社に対する出資者である亡令一さんの居宅を捜索させてもらいます。これが捜索の令状です。」などと言い,本件許可状を呈示した。亡令一がその内容を確認した上,「令状をコピーするから貸してくれ。」と言ったが,同官吏は右申込を拒否した。すると,亡令一が,再度許可状の呈示を求めたので,これに応じたところ,亡令一は,令状発布裁判官の氏名等を口ずさみながら,これを所携のメモ用紙に記入した。その後,亡令一は,同官吏らを写真撮影しようとしたのを制止されると,「さっきは令状がよく見えなかった。眼鏡を掛け直して見るので,もう一回令状を見せてくれ。」などと言って,三たび許可状の呈示を求めたところから,同官吏らにおいて,亡令一が許可状の内容を了知しながらその執行を妨害する意図に出ているものと判断し,亡令一の右要求に応じなかったのである。

本件臨検捜索手続は適法である。

(三) 本件差押について

(1) 犯則事件における差押の範囲について

個人事業及び法人の所得計算は,その年分または事業年度分のすべての取引を対象とするものであり,当該所得計算における偽りその他の不正の行為は,事業体において日常生起する多数の正常取引と混在し,また,それは反復継続して行われる場合が少なくなく,しかも,通常外部に顕出することがないため,不正行為の実態は収税官吏の調査により徐徐に解明されていくのが通例である。

このため,犯則事件(国犯法1条)の調査にあっては,正常取引に埋没し,巧みに仮装隠蔽された不正行為を明らかにするため,広範囲な証拠収集とその精密な検査分析とが必要不可欠であり,また,証拠によって証明すべき犯則事実には,犯則事実を構成する直接的事実のみならず間接的事実をも含まれ,とりわけ,犯則事実の全容が十分に明らかにされていない調査の初期段階においては,直接犯則事実と関連するとは認められない物件であっても犯則事件と結び付く可能性があると認められる程度の蓋然性があれば,間接的事実を証明するに足りる証拠となり得る場合も考えられるのであるから,それを幅広く収集し差し押さえることも必要なのである。

以上からすれば,犯則事件における証拠収集の必要性の存否については,収税官吏の合理的判断に委ねられているものと解すべきであり,差押にあたり,対象物件の種類・形状及び保管場所のほか,現場に立会した被差押人等事件関係者の供述等を参考にして,犯則事実と関連のないことが明らかな物件を除き,収税官吏において犯則事実と関連する可能性があると認めたものについては,当然差押ができるといわなければならない。

(2) 本件差押の範囲について

本件差押は,本件犯則事件に関する調査の初期の段階で行われたものである上,その実施にあたり,亡令一及び隆野が,収税官吏の度重なる立会要請を執拗に拒否し,差押物件との関連性の有無・程度を明らかにするための質問に対しても答弁することを拒否するという特殊事情が存在したことから,収税官吏において,次の(3)に述べるとおり,亡令一及び原告会社との資金取引について解明の手掛となる蓋然性のある多種多様な帳簿書類等を幅広く差し押さえる必要が生じたものであって,その判断に誤りはなかったというべきである。

(3) 個別的関連性について

本件被差押動産と嫌疑会社の犯則事実との関連性については,次のとおりである。

① 貸金関係物件

原告会社における貸金関係の取引状況の解明に資する借用証等貸金に関する書類であって,嫌疑会社と原告らとの資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録一

差押番号 14ないし16,21,54,66

別紙物件目録二

差押番号 7ないし21,24,25,28,34ないし45,47ないし53,55ないし57,59ないし63,66ないし68,70,72ないし75,78,82,86,87,89ないし93,95,107,109,111,112,122,128ないし131,133,136,140,142,143,145ないし149,151ないし153,156,159,163,166,168ないし170,172,181,184,186ないし188,190ないし192,195,196,198,200,204ないし206,209,211ないし214,216ないし218,220ないし236,239,240,247,248,250ないし265,267,269ないし272,275,276,281,287ないし294,296,297,299,302,303,337,343,345

別紙物件目録三

差押番号 17,18

② 不動産賃貸等関係物件

原告会社の地代,家賃等の収益を生ずる不動産取引の解明に資する賃貸借契約書,地代,家賃及び車両賃貸に関する書類であって,嫌疑会社と原告らとの資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録一

差押番号 1ないし9,17,18,20,22ないし24,33,35,36,53,64,65,69,71,72,74,75

別紙物件目録二

差押番号 23,58,65,69,71,77,79,116,127,141,150,157,160,197,202,245,266,268,277,295,298,301,336

③ 不動産等売買関係物件

原告会社の土地建物などの売買取引の解明に資する土地建物登記済証書及び不動産売買契約書等の土地建物などに関する書類であって,嫌疑会社と原告らの資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録一

差押番号 19,52,59,62

別紙物件目録二

差押番号 22,27,30ないし32,46,54,64,80,81,83,85,88,94,96ないし106,108,110,113ないし115,117ないし121,123ないし126,154,155,165,185,189,193,194,199,208,210,219,244,246,249,273,278,282,284ないし286,300,338,339,346

④ 銀行等金融機関関係物件

原告らの預金,株式取引等の解明に資する預金取引済通帳及び当座預金照合表等銀行など金融機関との取引に関する書類等であって,嫌疑会社と原告らの資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録一

差押番号 11,13,27,28,34,39,40,48ないし51,55ないし58,60,61,63,67,70,73,76

別紙物件目録二

差押番号 1ないし6,29,84,132,137,158,167,171,201,238,241,242,274,310ないし313,324ないし327,332ないし335,341,342,344

別紙物件目録三

差押番号 11ないし16,19ないし25,33

⑤ 領収証等関係物件

原告らの経費などの支払先の解明に資する領収証及び請求書等の経費などの支払に関する書類であって,嫌疑会社と原告らの資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録一

差押番号 10,12,25,29ないし32,37,38,43ないし46

別紙物件目録二

差押番号 33,76,135,138,144,162,164,182,183,203,215,243,328ないし331

別紙物件目録三

差押番号 7ないし10

⑥ 帳簿等関係物件

原告会社の経理内容の解明に資する総勘定元帳及び伝票等の原告会社の取引を記録した基本的な会計帳簿書類であって,嫌疑会社と原告らとの資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録二

差押番号 134,207,283,304ないし306,314ないし323,340

別紙物件目録三

差押番号 1ないし6,26,27

⑦ 決算関係等書類物件

原告会社の法人税の申告状況,営業実態及び亡令一の申告状況の解明に資する原告会社の法人税確定申告書,決算書等の法人税申告及び亡令一の所得税申告に関する書類であって,右①ないし⑥の差押物件の記載等の信ぴょう性の検討上必要と認められるもの。

別紙物件目録二

差押番号 26,307ないし309

別紙物件目録三

差押番号 28ないし32

⑧ その他

右①ないし④記載の関連性を兼有する名刺及びメモ等であって,嫌疑会社との資金取引の調査上必要と認められるもの。

別紙物件目録一

差押番号 26,41,42,47,68

別紙物件目録二

差押番号 139,161,173ないし180,237,279,280

四  被告の抗弁

被告は,(米子市の昭和61年度の国民年金保険料納入通知書兼領収証,レッカー車の自動車検査証及び高野由美子の芳名録の差押をしていないが,)①別紙物件目録一差押番号49について昭和62年3月26日,同目録残り全物件について昭和62年8月28日,②別紙物件目録二差押番号92について昭和62年3月22日,同番号77,284について昭和62年3月26日,同番号245について昭和62年6月29日,同番号304ないし306,320ないし323を除く同目録残り全物件を昭和62年8月28日,③別紙物件目録三差押番号1,2,26,27を除く全物件を昭和62年8月28日に亡令一に返還した。

つまり,被告は,本案前の主張で指摘した鳥取地方検察庁に引き継いだ物件以外の全ての被差押動産を亡令一に返還してある。

五  被告の本案前の主張及び抗弁に対する原告らの主張

被告の主張するように,本件差押物件を警察庁に引き継ぎしたことによる法解釈は,被告の主張のとおりであると原告ら代理人も思料するので,理論的には今後は,(米子市の昭和61年度の国民年金保険料納入通知書兼領収証,レッカー車の自動車検査証及び高野由美子の芳名録を除き)損害賠償の請求のみが訴えの利益あるものとして残ることになると思われる。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

書証の成立に関する判断は,それが重要な争点になっている場合を除き,記載しない。成立に争いがない旨の説示もしない。

理由

一  請求原因1,2(一)及び(二)について

1  当事者間に争いのない事実,甲第6号証ないし第8号証,第29号証,第30号証の1,2,乙第1号証の1ないし3,第5号証の1,2,第6号証,証人村岡卓夫,同徳毛壮尚及び同高橋務の各証言によれば,以下の事実が認められる。

(一)  広島国税局調査査察部査察部門主査であった徳毛壮尚(以下「徳毛主査」という。)は,昭和62年2月初旬ころ,次の理由により,嫌疑会社に法人税法違反の嫌疑を持った。

(1) 嫌疑会社は,昭和29年以来,鶏卵及び家畜飼料の販売を営んでいるところ,米子市やその近郊の広範囲にわたるスーパー,小売業者及び家畜生産者等の広い購買者層を背景として,その業種・業態・取引状況・営業内容からして,地域に密着した堅実な事業を行っていること,昭和60年には鳥取県内で「わかとり国体」が開催され,鶏卵の需要が増加したことから,高収入が見込まれたこと,しかるに,嫌疑会社の昭和59年9月期ないし昭和61年9月期の法人税の確定申告の状況は,収入金額が連年減少傾向にあるばかりか,所得金額が各期とも赤字申告となっている。

(2) 嫌疑会社の法人税の申告内容について,同業者比較をするため,広島国税局管内の鶏卵及び家畜飼料を取り扱う類似二法人を抽出し,売上高,売上総利益(売上高から売上原価を減じた額),売上総利益率(売上総利益を売上高で除した率)等について比較検討したところ,同業種法人の平均売上総利益率が9ないし11%であるのに,嫌疑会社のそれは6%とかなり低い。

(3) 嫌疑法人の営業状況や嫌疑法人の代表者である克巳の住所を現地で確認するなどの現況確認をするとともに,克巳及びその家族の,昭和56年ころから昭和61年ころまでの不動産や預金等の資産の増加について,確定申告書,不動産登記簿,金融機関等を調べる方法により調査したところ,克巳の家族名義での不動産購入の事実があり,また,克巳名義やその家族名義での多額の預金等を取得していた。なお,右不動産取引には,当時の時価からみて,売買価格の圧縮の疑いも持たれた。

(4) 右不動産購入及び多額の預金等の原資が克巳及びその家族の個人所得から生じたものであるか否かを検討するため,確定申告書や源泉徴収票などをもとに,各人の可処分所得(各人の1年間の給与や不動産賃貸料等の収入から,生活費や租税公課等の支出を差し引いた額)の計算を行ったところ,これらの不動産や預金等の取得金額は,各人の可処分所得金額を大幅に上回るものであり,その原資は各人の可処分所得によるものではない。

(5) 以上の事実から,嫌疑会社は,鶏卵及び家畜飼料の販売にかかる売上の一部除外をするなどの方法により,実際には申告額を大幅に上回る所得がありながら,米子税務署長に所得を過小申告し,不正な行為により多額の法人税を免れている。右不動産や預金等の取得は,申告していない嫌疑法人の所得を原資としている。

(二)  徳毛主査は,以上の嫌疑のあること,そして,その法人税法違反の規模,業種・業態から,任意調査では証拠保全が不可能であり,次の理由により,本件居宅,本件事務所及び本件建物をも臨検捜索して嫌疑事実に関する証拠を差し押さえるべきであると判断し,昭和62年2月初旬ころ,広島簡易裁判所に,資料を添えて臨検捜索差押許可状の発布を申請した。

(1) 亡令一は,嫌疑会社の代表者であった者で,昭和42年から,登記簿上亡令一の長女である純惠の夫の克巳が代表者となっていること,(昭和52年9月30日現在,嫌疑会社の出資金1,350,000円のうち,亡令一が685,000円,その妻の隆野が290,000円,克巳が305,000円,純惠が70,000円を出資しているところ,)昭和62年9月30日現在も亡令一と隆野がそれぞれ同額の出資をして合計約72%を支配している同族会社であり,嫌疑会社の昭和61年9月期の法人税確定申告書には亡令一からの借入金1,428,225円が計上されている。

(2) 原告会社は,亡令一が代表者をしており,その事務所も亡令一の本件居宅の一角にあること,昭和61年9月30日現在,嫌疑会社の代表者である克巳やその妻純惠からの出資金と借入金がある。

(3) 以上の事実から,嫌疑会社と亡令一及び原告会社とは密接な関係にあって,本件居宅,本件事務所及び亡令一と隆野の共有する本件建物には嫌疑会社の法人税法違反に関する証拠物件の存在する蓋然性が高い。

(三)  広島簡易裁判所裁判官廣中勝は,昭和62年2月2日,右許可状発布の申請を受けて,次のような嫌疑事実の要旨及び差し押さえるべき物件を記載した三通の本件許可状を発布した。

(1) 嫌疑事実の要旨

犯則嫌疑法人有限会社高野令一商店は,米子市目久美町175において鶏卵及び家畜飼料の卸売を行っているものであるが,年々収入金及び所得が増大していることから,税負担の軽減を企画し,左記年度において仕入,売上の双方を簿外にする等の方法により,実際には申告額を上回る所得金額をあげているにもかかわらず,米子税務署長に対し所得金額を過小に申告し,多額の法人税を免れている疑いがある。

単位 千円

年度

申告年月日

申告収入金

申告所得金額

自昭和58年10月1日

至昭和59年9月30日

昭和59年11月30日

432,434

△1,726

自昭和59年10月1日

至昭和60年9月30日

昭和60年11月30日

425,342

△1,268

自昭和60年10月1日

至昭和61年9月30日

昭和61年12月1日

402,478

△28

(2) 差し押さえるべき物件

本件法人税法違反の事実を証明するに足ると認められる財産収支関係を記録した総勘定元帳・補助簿・伝票・納品書・請求書・領収証・契約書・メモ・預貯金通帳・同証書・有価証券・不動産権利証・その他本件に関係のある一切の文書及び物件。

(四)  広島国税局査察部査察第三部門統括国税査察官であった村岡卓夫(以下「村岡統括」という。)は,昭和62年2月3日午前8時ころ,他の査察官7名とともに本件居宅に赴き,亡令一や原告会社への任意調査を経ることなく本件許可状による強制調査に着手した。

(五)  広島国税局収税官吏大蔵事務官森憲一は,昭和63年2月22日,鳥取地方検察庁検事正宛に,嫌疑会社,克巳及び純惠を犯則嫌疑者とし,左記事実を告発事実とし,法人税法159条,164条違反として,告発した。

嫌疑会社は,米子市目久美町175番地に本社を置き,家畜飼料及び鶏卵の販売を事業目的とする資本金1,350,000円の会社であり,犯則行為者克巳は,同会社の取締役として同会社の業務を統括し,犯則行為者純惠は,同会社の社員として資金管理を担当するとともに,同会社の業務全般を統括処理している者であるが,両名は共謀の上,同会社の業務に関し,法人税を免れようと企て,売上金の一部を除外し,仮名・無記名により有価証券を取得するなどの方法により所得を秘匿した上,

第一 昭和57年10月1日から昭和58年9月30日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が29,012,023円で,これに対する法人税額が11,225,000円であるにもかかわらず,昭和58年11月30日米子市西町18番2号所在の所轄米子税務署において同税務署長に対し,欠損金額が1,333,657円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,もって,不正の行為により,同会社の右事業年度における正規の法人税額11,225,000円を免れ,

第二 昭和58年10月1日から昭和59年9月30日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が34,733,799円で,これに対する法人税額が14,042,600円であるにもかかわらず,昭和59年11月30日前記米子税務署において同税務署長に対し,欠損金額が1,726,089円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,もって,不正の行為により,同会社の右事業年度における正規の法人税額14,042,600円を免れ,

第三 昭和59年10月1日から昭和60年9月30日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が27,009,620円で,これに対する法人税額が10,697,700円であるにもかかわらず,昭和60年11月30日前記米子税務署において同税務署長に対し,欠損金額が1,268,587円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,もって,不正の行為により,同会社の右事業年度における正規の法人税額10,697,700円を免れ,

第四 昭和60年10月1日から昭和61年9月30日までの事業年度における同会社の実際の所得金額が12,636,287円で,これに対する法人税額が4,478,600円であるにもかかわらず,昭和61年12月1日前記米子税務署において同税務署長に対し,欠損金額が28,256円で納付すべき法人税額はない旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,もって,不正の行為により,同会社の右事業年度における正規の法人税額4,478,600円を免れ,

たものである。

2  請求原因2(一)について

(一)  原告らは,請求原因2(一)(1)及び(2)において,嫌疑会社に法人税法違反の事実がなく,嫌疑会社及びその代表者である克巳と亡令一及び原告会社との取引や関係がない旨主張する。

しかし,本件許可状の発布請求前に査察官である徳毛主査が,それまでに調査した資料により把握した嫌疑会社の嫌疑内容は,右1(一)認定のとおりであり,徳毛主査は,その当時,部内資料や金融機関その他に対する任意調査によって通常得られたであろう資料を収集し,これら資料を総合勘案して嫌疑会社に対する法人税ほ脱の嫌疑を抱いたものであり,その判断過程に不合理その他の違法を窺わせる事情はない。

なお,原告らは,嫌疑会社の亡令一からの借入金が亡令一の出資金に対する利益配当金の未払分を振り替えたものにすぎず,被告はこれを了知していたと主張し,甲第29号証,証人高橋務の証言によれば,嫌疑会社は昭和52年9月期に亡令一への利益配当金として1,370,000円を計上し,これを未払のまま翌年の決算期から借入金として処理した可能性もありうるが,同証言によれば,そもそも旧決算期の借入金が新決算期の借入金と同一であるかどうかは確定申告書を見ただけでは分からないし(期中の借入金の変動等もありうる。),まして,昭和52年の利益配当金1,370,000円と昭和61年9月期の借入金1,428,225円しは金額も異なっており,被告において右借入金を利益配当金の振替分と了知していたと認めるに足りる証拠はない。さらには,仮に振替分であったとしても,そのことは,むしろ嫌疑会社と亡令一との資金取引や結び付きの強さを示すものにほかならない。この点は,原告会社の克巳や純惠からの借入金についての原告らの主張についても同様である。

(二)  原告らは,請求原因2(一)(3)において,本件許可状発布を請求した広島国税局収税官吏が書類を偽造したと主張するが,本件全証拠によるもこれを認めることはできず,右1(二)認定のとおり,当時の資料から嫌疑会社と亡令一及び原告会社とは出資金や資金取引等の密接な関係があると判断したことは,相当である。

また,原告らは,本件許可状を発布した広島簡易裁判所裁判官が右書類偽造を漫然と看過した過失を主張するが,右のとおり書類を偽造したことは認められず,前提において失当である。そして,本件において,原告らは,裁判官の過失による国家賠償法1条1項に規定する損害賠償をも請求しているが,このような責任が肯定されるためには,当該裁判官が違法または不当な目的をもって裁判をなしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認めうるような特別の事情があることを必要とするが,そのような事実を認めるに足る証拠は全くない。

3  請求原因2(二)について

右1(一)ないし(三)認定事実によれば,本件許可状による強制調査当時,これまでの任意調査により嫌疑会社には仕入売上双方を簿外にするなどし,簿外の所得を克巳の家族名義の不動産購入や預金等資金に充てたという法人税ほ脱の嫌疑があり(嫌疑事実の存在),このような嫌疑を具体的に証明する証拠として右1(三)(2)差し押さえるべき物件摘示の文書類が通常思料される(嫌疑事実に対応する証拠物件の存在)。そして,かような証拠書類は,既に廃棄されている場合もあるが,改竄されていても現存する場合には,嫌疑者本人あるいはこの者と密接な関係のある者のところに保管されていることが多く(証拠物件の所在),嫌疑者やこれと密接な関係のある者に任意調査による提出等を求めてもこれに応じない,あるいは任意調査をするうちにさらに廃棄改竄することが往々行われるし,嫌疑者以外の者でも密接な関係にある者の管理する場所などにこれら証拠物件がある場合には,偶然その場所にあることもあるが,むしろ罪証隠滅の一環であることが多いから,このような証拠隠滅工作を阻止して証拠保全するためには強制調査の必要性がある(強制調査の必要性)。このように強制調査の必要性は,嫌疑事実の存在の濃度,証拠物件の存在の可能性,その所持者の立場や存在の蓋然性などとも相関関係にある。

本件において,嫌疑会社と亡令一とは,亡令一がその元代表者というだけではなくして,その妻の隆野とともに出資金7割を占め,貸付金をも有している上,出資者が親族関係にあり,克巳らと同居していないとはいえ嫌疑会社の所在地と亡令一の本件居宅とは同じ米子市内であること,原告会社も亡令一が代表者であるだけではなく,本件居宅の一角にあり,克巳らとの資金取引があること,本件建物も同じ米子市内にあって亡令一と隆野の共有建物であることなどからすると,嫌疑会社と亡令一及び原告会社とは密接な関係があり,これら証拠書類が本件居宅,本件事務所及び本件建物内に存在する蓋然性が高度にあり,任意調査をしていては証拠隠滅のおそれがあると判断して,直ちに強制調査を実施した村岡統括らの行為は相当であって,違法ではない。

原告らは,請求原因2(二)(2)において,任意調査によらず強制調査のなしうる場合,任意調査を先行させることなく強制調査をなしうる場合,さらには,第三者に強制調査をなしうる場合について,一般的な要件を提言し,本件強制調査がその要件に反し違法であると主張する。不必要な強制調査を行うべきでないことはいうまでもない。しかしながら,違法な強制調査か否かを判断するについては,憲法,国犯法そして刑事訴訟法その他の関係法令の趣旨を踏まえ,具体的事案についての強制調査の必要性について検討すべきものである。例えば,同じ第三者といっても,嫌疑者や嫌疑事実との関連性が極めて薄い者から嫌疑法人の代表者や嫌疑事実の実行者と目される者あるいは証拠物件との係わりが濃い者まで想定され,また,同一人の管理あるいは存在する場所でも,証拠物件の現存する蓋然性に差がある場合がある。したがって,原告らの主張する右一般論は,法規の定めのないところで,その類型等についての十分な分類をした上での一般的要件を主張しているとはいえず,たやすく採用することはできない。

二  請求原因2(三)及び(四)について

1  甲第9号証,第11号証,第12号証,乙第1号証の1ないし3,証人村岡卓夫及び同高橋務の各証言によれば,次の事実が認められる。

(一)(1)  村岡統括ら8名の査察官は,昭和62年2月3日午前8時ころ,本件許可状による強制調査に着手するべく,本件居宅玄関内に立ち入り,応接セットの置いてある隣室(居間)に出てきた亡令一に「広島国税局の者であるが,嫌疑会社の法人税違反嫌疑事件で調査に来た。」旨告げ,身分証明書を示した上,査察官の一人の小野主査が本件居宅についての本件許可状を両手で広げて亡令一に示し,その後,森主査が本件事務所についての本件許可状を亡令一に示した。亡令一は,「自分は関係がない。関係がないのにこんなに沢山来たか。査察官の写真を写す。」「(許可状の)コピーをしたい。」と言い,小野主査が「令状はコピーするものではない。」と言うと怒り,「関係がないのに。お前達の写真を写す。」と言ってカメラを取り出してきたが,中野総括主査から撮影することを止められ,「裁判官の名前を見たいので,もう一度見せてくれ。」と言い,小野主査から本件許可状を再度呈示され,裁判官の名前をメモし,「よく見えない。」と言いながらゆっくりと内容を検討していた。その後にも亡令一が「よく見えなかったので見せてくれ。」と言ったが,村岡統括らは,呈示が十分済んだとして「何度も示すものではない。」と言って,これを拒否した。

(2) また,亡令一は,「嫌疑会社とは28年間金銭取引はないのに,何故調べるのか。出資をしているだけで調べるのか。」と言い,査察官から「亡令一は嫌疑会社の筆頭出資者だから。調査に協力して欲しい。」「調査がスムースにできるよう,できるだけ立ち会って欲しい。」と旨言われても,「帰ってくれ。」「用事がある。皆生の店舗をソープランドに貸していたが,その人がいなくなり,(その件で)今朝9時ころある人を通じて会うことになっている。午後は裁判がある。今日の調査には応じられない。」と言っていた。

同日午前8時20分ころ,米原住雄が亡令一に電話をしてきて,原告会社が貸していた店舗の借家人の古沢久夫が夜逃げをしたため,その連帯保証人である山口栄培と連絡を取っていたところ,山口が来たので,亡令一に至急来訪するよう求めてきた。亡令一と電話を替わり,米原と話をした村岡統括が「8時50分までに(亡令一に)行ってもらうようにする。」「段取を付けて行って頂きます。」と言うのを聞くと,亡令一は,本件事務所に行き帳簿を提出し始めた。しかし,三宅主査が本件居宅玄関からダンボール箱2束を運び込むのを見た亡令一は,「帳簿だけかと思ったら,全部持って行くのか。それなら調査に応じられない。」と怒り,村岡統括から「嫌疑会社の査察調査に来ているので,嫌疑会社に関連する物件は持ち帰りますが,関係のない物は帰りませんので,立会して協力して下さい。」と言われても納得せず,「時間がない。皆生に行かすと言っていたではないか。今から皆生に行く。」と言い,「それでは奥さんを立会人にして調査を続けたい。」旨言われても承知せず,強制調査着手時から一緒にいた隆野も立会を拒否した。

(3) 亡令一は,そのまま近隣に住み嫌疑会社や原告会社の税務申告などに関与してきた高橋務公認会計士兼税理士の事務所に行き,同人と会い,近くの駐車場から自動車に乗り立ち去った。

この間,村岡統括や高橋公認会計士から説得され,亡令一は,ようやく査察官2人による調査に隆野を立会人とすることを承知した。本件居宅にいた隆野も,高橋公認会計士から説得されて,これを承諾した。

同日午前9時30分ころから,本件事務所を四木及び佐々木両査察官が隆野の立会のもとで調査したが,隆野に当該物件と嫌疑会社との関連性について尋ねても,分からないと言うばかりであった。

(4) 同日午前10時35分ころ,亡令一が帰宅し,査察官から本件事務所を調査している経過について説明を受けたが,「一切協力しない。」と言って,調査に全く協力しなかった。

しかし,亡令一は,本件事務所にテープレコーダーをセットし,「損害賠償のために取っている。」「後でお互い公平な立場に立つためにはテープを取って,言ったことを言わないとか,言わないことを言ったということが起こらなくていい。」と言って,録音していた。また,広島の村井弁護士に電話して,同人から村岡統括に本件許可状をコピーしたとの申し出をしたが,村岡統括から拒否された。

(5) 同日午前11時50分ころ,中野及び三島両査察官が本件居宅の捜索に着手し,同日午後零時15分まで続けたが,亡令一及び隆野が昼食のために,中断した。

同日午後零時45分ころ,村岡統括は,亡令一に立会を求めたが,亡令一が裁判所に行くので立会できないし,帰宅後も立会しないし,隆野にも立会させないと返答し,隆野もこれを拒否したため,米子警察署の警察官の立会を求めた。

同日午後2時ころ,警察官3名の立会のもと,捜索を再開した。

同日午後2時50分ころ,隆野から鍵を預かり,警察官1名と森及び三宅両査察官が本件建物の臨検捜索に行った。

同日午後3時30分ころ,帰宅した亡令一は,立会している警察官に「若造帰れ。」と怒鳴ったり,写真機で撮影したり,テープレコーダーを持ち出してきて,「これで取るから,何か言え。」と怒鳴っていた。

同日午後4時30分ころには本件建物の,同日午後5時ころには本件事務所及び本件居宅の捜索は終えたが,差押目録作成等の事務手続を終えたのは同日午後11時30分ころであり,別紙物件目録一ないし三記載の動産を差し押さえた。

(二)(1)  村岡統括ら査察官は,別紙物件目録一ないし三記載の動産を,被告の反論(三)(3)の基準で差し押さえたものであり,付加的には,被告の反論(三)(3)⑤については経費の関係を解明する手掛となる資料として,被告の反論(三)(3)⑥については原告会社の経営状況が判明する資料として,被告の反論(三)(3)⑧については簿外取引や取引先の解明に役立つ資料として差し押さえた。

(2) なお,差押目録中の袋で差し押さえたものは,殆どのものは袋に入っていた現状のまま差し押さえたもので,中身の一枚一枚を検討することはしていないが,表題が袋の表にあるものはそれを見て中身を確かめて,表題のない袋については,中身を確認して表題を付して差し押さえた,その中身には数10件の件数の金銭消費貸借契約書が入っているものがあったが,これらの金の動きを見るためには一袋全体を検討することが必要であり,中身の一部だけを差し押さえるのでは解明できないし,かえって書類が分散してしまうし,亡令一に質問しても全く答えないので,時間的にもその場での検討のしようがなかったためである。また,ばらばらに置いてあったものもあるが,そのようなものは机の上とか机の引出とか場所毎に特定して一綴りとしたものもある。

(3) しかし,本件居宅の居間にあった裁判関係書類や伝言テープは無関係であるので差し押さえていない。亡令一は,昭和50年からの個人申告書表書分や昭和60年個人医療費領収書等表書のはっきりしたものまで中身を確かめられたことを不満としているが,これらを差し押さえた形跡はない。亡令一が査察官に「野村の破産の書類を持って帰って調べなさい。裁判所弁護士警察の不正が分かるから。」と言ったが,無関係であるとしてこれら書類を差し押さえていない。

2  請求原因2(三)について

右1(一)(1)認定事実によれば,本件強制調査着手時に査察官らによる本件居宅への違法な侵入はなく,また,本件許可状の呈示も適法なものであったことは明らかである。

3  請求原因2(四)について

差押目録の記載,甲第23号証ないし第25号証の各1,2,第26号証の1ないし3,第27号証の1ないし7,第28号証の1,2によれば,原告らの指摘するように,嫌疑事実の昭和58年10月1日より以前の日付の,あるいは原告会社や亡令一と嫌疑会社以外の者の名義の取引関係書類,領収書,契約書,手形,和解調書等が被差押動産中に含まれている。

しかしながら,理由一1認定判断のとおり,本件差押処分当時,本件嫌疑事実を証明するためには,嫌疑会社と密接な関係があると思料される亡令一や原告会社との資金取引を解明すること,そのためには,亡令一や原告会社の,嫌疑事実よりも数年前からの,そして個々の取引や全体の財産収支関係を調査して,その中に埋没,仮装隠蔽されている嫌疑会社との資金取引を明らかにすることが必要であるとの判断のもとで,本件許可状では差し押さえる物件として「本件法人税法違反の事実を証明するに足りると認められる財産収支関係を記録した…………その他本件に関係のある一切の文書及び物件」と定められたと解される。そして,一般的には,調査の過程では,ある物件が嫌疑事実とどの程度の関連性を有するかが明確ではなく,調査の進展につれ他の証拠との照合により関連性の有無が次第に明らかになること,また,個々の物件について強制調査の現場で関連性の有無を厳密・的確に判断することは相当困難であり,差押後の詳細な検討により関連性が明らかになる場合も多いことから,差押時点での関連性の有無の判断はある程度の蓋然的判断で足りると解される。また,関連性の判断は,その場の状況に応じて可能な限度においてなせば足りるといえる。本件においても,右1(一)及び(二)認定事実によれば,村岡統括ら査察官は,本件強制調査時,午前8時から着手したものの,亡令一のように事実関係を十分知悉していると認められる者から立会を拒否され,ようやく午前9時30分ころから隆野の立会のもとで査察官8名のうち2名が本件事務所の捜索をしても,隆野では物件と嫌疑事実との関連性を判断する情報を得難く,帰宅した亡令一も本件調査に協力せずに妨害行為をするという捜索の経過のなかで,査察官らは,差し押さえるべきものについて,亡令一によって既に分類されていたと思料できる一袋単位のものではあっても,個別の関連性について蓋然的判断をしており,当該袋内に関連のない物件が一部含まれていたとしても,本件差押をした査察官らの当時の判断に違法はない。

つまり,原告ら主張の,本件許可状記載の差押物件の対象を逸脱し,嫌疑事実との関連性を個別に判断せず,あらゆる帳簿書類を手当たり次第に差し押さえた,一般的探索的調査であったと認めるに足る証拠はない。

三  請求原因3について

1  被差押動産の引渡請求について

(一)  被告の本案前の主張について

当事者間に争いのない事実,乙第1号証の1ないし3,第3号証,第4号証,第5号証の1,2によれば,被差押動産のうち別紙物件目録二番号304ないし306,320ないし323,別紙物件目録三番号1,2,26,27については,昭和63年2月22日,広島国税局収税官吏大蔵事務官森憲一が鳥取地方検察庁検事正宛に理由一1(五)認定のとおり告発したことにともない,そのころ広島国税局から鳥取地方検察庁に引き継がれ,同庁において保管されていることが認められる。

この引継は,国犯法18条1項によるものであり,以後の鳥取地方検察庁におけるこれらの動産の保管は,同法18条3項により刑事訴訟法の規定によって検察官が押収していることとなるから,同法430条その他同法所定の手続により押収が解かれることは格別,民事訴訟法上の手続によってこれら動産の返還を求めることはできない。

したがって,本訴請求中これら動産の返還を求める部分は,訴訟手続を誤ったものとして,却下することとする。

(二)  請求原因3(一)について

(1) 請求原因3(一)(1)の事実については,当事者間に争いのない事実,甲第23号証ないし第25号証の各1,2,第26号証の1ないし3,第27号証の1ないし7,第28号証の1,2,乙第1号証の1ないし3,弁論の全趣旨によれば,本件被差押動産は,それぞれ別紙物件目録記載のとおりに,本件居宅,本件事務所,本件建物で差し押さえられ,その所持者を村岡統括ら査察官は差押場所の居住者に対応して亡令一,原告会社あるいは亡令一と認定したこと,本件居宅で差し押さえられた別紙物件目録一差押目録番号1の一部である領収証綴4冊の一部(甲第23号証の1,2)の表題は原告会社と,同番号9の一部である領収証控3冊の一部(甲第24号証の1,2)の表題も原告会社と,同番号10の領収証等入袋一袋の一部(甲第25号証の1,2)の宛名は「高野」と,同番号11の領収証等入封筒等一束の一部(甲第26号証の1ないし3)の宛名は亡令一あるいは隆野と,同番号12の領収証一綴の一部(甲第27号証の1ないし7)は宛名が原告会社,亡令一あるいは隆野となっていることが認められ,これら事実によれば,被差押動産の中には隆野の所有物ではないか,あるいは原告会社の所有物が本件居宅にあって亡令一の所持するものとして差し押さえられているのではないかとの疑いが残らない訳ではないが,一応,それぞれの差押場所に居住しあるいは占有する者が所持していることから,それらの者が所有する物であると推認できる。

(2) 請求原因3(一)(2)の事実については,これら3点のものが,亡令一の所有か原告会社の所有かすら明確に主張していない上,本件被差押動産に含まれていたと認めるに足りる証拠はない。

(3) 請求原因3(一)(4)の事実については(この主張は,所有権に基づく物の返還請求にあっては,本来は再抗弁事実となるが,亡令一及び原告会社は国家賠償法1条1項による損害賠償も求めており,その要件事実である「公権力の行使」を主張する関係で,請求原因1において本件差押の事実を主張しており,この差押の主張は所有権に基づく物の返還請求にあっては被告の抗弁事実である占有権限を先行して主張していることにほかならないから,ここで論ずることとする。),理由1及び2認定判断のとおりであり,村岡統括ら査察官による本件差押処分は適法であって,本件全証拠によるも重大明白な違法を認めることはできない。

(4) したがって,原告らの主張する所有権に基づく被差押動産の返還請求は理由がない。

また,原告らの主張する営業権,営業上の支配権あるいは不法行為に基づく返還請求は,これら営業権,営業上の支配権あるいは不法行為により返還請求できる根拠が曖昧であり,主張自体失当とも思料されるが,いずれにしても,本件差押処分の違法を前提としているところ,前述のとおり,本件差押処分は適法であるから,その余(請求原因3(一)(3)及び抗弁事実)を論ずるまでもなく,理由がない。

2  複写物等の引渡請求について(請求原因3(二)について)

請求原因3(二)(1)の事実については,当事者間に争いがないところ,これら複写物等は,被告(担当官吏)において作成したものであり,その所有権は被告に帰属し,原告らの所有権等の効力が及ぶものではない。そして,査察官は国犯法により,嫌疑事件の証憑と思料される物件を差し押さえて留置することができるし,その物件の複写物を作成保有したりメモを作成することも,国犯法上による嫌疑事件の調査権の一環として当然許される。このような複写物等の作成保有が適法行為である以上,それにより被差押者において何らかの不都合が発生するとしても,被差押者において受忍すべきものというべきである。この理は本件においても同様であって,原告らが複写物等の引渡を求めることはできない。

3  損害賠償請求について(請求原因3(三)について)

請求原因3(三)(1)の事実については,前述のとおり,村岡統括ら査察官による本件差押処分は適法である。

したがって,原告らが国家賠償を求めることは,その余の事実(請求原因3(三)(2)及び(3))を論ずるまでもなく,理由がない。

四  以上によれば,原告らの本件請求中,被告の本案前の主張に係る部分は却下することとし,その余の請求はいずれも棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条,93条1項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川正明 裁判官 宮本敦 裁判官 大須賀滋)

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